本堂

本堂(国宝)

本堂と舞台は清水寺の代名詞として多くの人に印象づけている場所であり悠久の歴史を今に伝える貴重な場所でもあります。
平安時代初期から、日本の律令制のもとで太政官が管轄下の諸官庁・諸国衙へ発令した正式な公文書(官符)により、鎮護国家の道場となり、歴代の皇室、多くの民の観音信仰によって今でもなお信仰を集めています。

舞台が建設されたのは平安時代、それから長い歴史の中で傷みが進み徳川家光によって江戸初期に再興(1633年)されました。
その造りは創建当時からの伝統技術を盛り込んだ釘を使わず139本の柱に支えられた舞台です。

清水寺は、798年(延暦17)以来、法相宗の奈良の興福寺に属していたため、比叡山延暦寺とは敵対関係ということになり戦に巻き込まれることもあり、伽藍を消失、再建の歴史をたどっています。

本堂の中にある本尊は秘仏として普段見ることはできないのですが、本尊に似せて作られた像(通称<お前 立ち)と呼ばれる観音が収められてます。

本堂のさらに奥には、本尊の十一面千手観音立像と脇侍である毘沙門天立像と地蔵菩薩立像が秘仏としてまつられています。33年に一度の御開帳のときにはその姿を見ることができます。次回は2033年に開帳。

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